illustratorさいとうつづりのblog
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Προσευχη
朝晩がずいぶん冷え込むようになりました。
秋の香りの金木犀の小さな花が冷たい雨に打たれ
濡れたアスファルトの上にぽつりぽつりと落ちていたと思ったら
もう季節は冬へ移ろい始めていたのですね。
街はすでにクリスマスのイルミネーションでピカピカ。
もう少し秋を感じていたくても
これでは師もサンタクロースを乗せたトナカイも
12月を待たずして走り始めてしまいそうです。

この時期になると、定番メニューはやっぱりスープ。
(・・・でも本当を言うとスープがとても好きなので
一年を通してよく作っているのですが。)
甘い根野菜や豆をたくさん、それとシーフード
ハーブやジンジャーもたくさん入れて、コンソメをひとかけ。
たいていはそんな感じ。
あとは魔女になったつもりでことこと煮るだけの簡単なものだけれど
栄養たっぷりで美味しくてあたたまって
毎年極度の冷え性に悩む私には、幸せの一皿です。
今回はベーシック トマトベースにクリームチーズを落として。
soup

この季節の楽しみはスープの他にもいろいろあって
その一つがキャンドルです。
(たしか昨年のこの時期にも蜜蝋キャンドルについて書いています。)
春や夏には一度も灯さなかったのに、不思議ですね。
揺らめく炎は、目の前に現れた小さなカルシファー。
聖なる火よ
どうかお守りください。
pray

気付けばこのブログを初めて1年が過ぎました。
更新はこの通りいつも気ままにのんびりペースですが
(HPもそろそろ更新しなくては・・・)
読んでくださっている皆さまへ
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

あぁ、またしても指先が氷のように冷たい。
そんな時はミルクティーでも飲むとしましょう・・・。
デザインフェスタvol.30
お知らせをしないままの後日報告となりますが
先週末は東京ビッグサイトで2日間にわたり行われた
インターナショナルアートイベント
"デザインフェスタvol.30"に出展しました。
あらゆるジャンルのアート、アーティストが世界中から大集合するムーブメント。
出展者は8500人を超すそうで
絵画や小物のブース展示 販売の他、ショーやライブ, シアター 
仮装ありパフォーマンスあり
自由な形式で作品の発表を行うことができます。
私はブースエリア 初めての出展となりました。
出展者数もすごければ来場者数もものすごいこのイベントは
私を含め、出会いを求める双方にとってまたと無いチャンス。
とにかくにぎやかで、広い広い会場内はアートと人でひしめき合い熱気でいっぱいです。
ですがその反面、この沸き立った雰囲気の中では
一つ一つの作品を落ち着いて観ていただくことの難しさを感じていたので
今まで参加を見送ってきていたのでした。
絵画系の出展者の中には、原画の展示を行わずに小物販売に徹する方も多いようですが
私は作品を発表する場では、原画の展示にこだわりたいという思いがあります。
出力したものでは伝わらないものを感じていただきたい。
なので、足を止めていただけるか不安はありましたが数点の原画の展示と
気軽に作品を持って帰っていただけるツールとして、ポストカードの販売を行うことに。
ポストカードはこんなかんじ。
festa
ひょっこり遊びに来てくれた友達からは案の定というか
販売より展示要素の強いためなのか何なのか
私のブースは周りの雰囲気から浮いていると指摘をされて少し焦りましたが
それでも結果的にはたくさんの方に観ていただくことができたように思います。
ご覧いただいた方、ポストカードをご購入いただいた方、ありがとうございます。
会場でお会いできた方に、この場で御礼申し上げます。
私は自分のブースから離れることができなかったので
今回はあまり他の出展者のブースをまわることができませんでしたが
しかし、同じその空間にいるだけでも刺激は多くありました。
制作にかけるみなぎるパワーや勢い, バラエティ・・・。
そして、参加してこそできたアートを介してのコミュニケーションだったり
感じたこと、学んだこと、得られる収穫がありました。
バッヂ
おまけ
お隣さんブース(缶バッジのグッズ販売をされていました)からのお誘いで
即席で作っていただいた、いたずら描きバッジ。

もう10月も終わりですね。
空を飛ぶ鳥たちの姿が心なしか少し寒そうに見えます。
今年のカレンダーもあと2枚で終わりだなんて、早いなぁ。
夕焼けオレンジに染まる鱗雲。
uroko
Under the same moon
しとしとしとしと 雨が降る・・・。
雨が降るたびに、深まりゆく秋。
太陽の季節が終わりを告げて
日の落ちるのがいつの間にか早まっていたり
あたたかいスープが恋しくなってきたり。
刺繍の入った薄手の白いブラウスも足首を紐で巻くお気に入りの革のサンダルも
またあたたかな春が来るまで、しばらくのお別れです。
ショーウィンドウを飾るざっくり編みのニットが気になる、そんな季節になりました。

moon
先日の中秋の名月(旧暦八月十五日)。
なんだかそわそわしてしまい、月に誘われて外へ出ました。
とても穏やかな夜。
ほのかに黄味を帯びた優しい月明かりで、どこまでも歩くことができそう。
こんな夜だったら怖くない。
こんばんは、お月さま。
糸のように細い三日月姿もステキだけれど
今夜の姿は何か特別な美しさ。
遠いようで近いようで、でも縮まらないしやっぱり遠いけれど
ずっと前から、いつもそこにいてくださいますね。
たくさんの人があなたを見上げています。
そちらからは何が見えますか?
いつか、何を思って浮かんでいるのかこっそり教えていただけませんか?
susuki
お月見といえばすすきですが、これはすすきにあらず。
一つの穂がすすきの10倍ほどあり、丈はゆうに2メートルを超します。
まるですすきのオバケのような出で立ちですが
パンパスグラスというイネ科の植物です。
ほわほわで気持ち良さそう。
秋の草花を求めて公園をお散歩中に出会ったのでした。
ちなみに、月見だんごは用意できなかったので割愛することに。

最近はまっているオーガニックカフェのピザ。
全粒粉の生地にトマトソースとたっぷりの有機野菜。
チーズは豆乳からできているので、ビーガンでも大丈夫なのだそうです。
シンプルでも、素材がいいとこんなに美味しいのだなぁと実感。
うーん、唸ります。
こういった料理を自分で作りたいものですが・・・
キャロブパウダー(いなご豆のさやの粉)を買って帰ってきたので
まずはできるものから日々の食事に取り入れてみようと思います。
pizza

冬になる前にいろいろな秋、楽しんでいきたいです。
越後妻有 大地の芸術祭 2
さて、車を走らせて次に向かったのは・・・

aguri
「OUR HOME-私たちの家」
(内田あぐり+内田亜里+武蔵野美術大学日本画専攻内田ゼミ)
在学時代お世話になった、ムサビの日本画学科教授 内田あぐり先生。
古民家に、日本画作品を屏風のようにして展示してあります。
ここで私は先生の作品と対峙し、衝撃を受けました。
あまりに激しく揺さぶられる感情。
こんなに真っ直ぐ、けれど言葉にならない思いが伝わってくる。
まるでそこに先生がいらっしゃるかのよう。
作品の放つ強さに圧倒されて、胸をぐっと掴まれるような感覚。
黒や紫, 黄色の強く潔い線や、傷付けるかのごとく画面に走る引っ掻き跡や
縫い合わせたり張り合わせた跡, 女性の曲線を前にして
にわかに早まる鼓動。
・・・すごい。
なんて美しい。
残念ですが、うまく言葉にできません。
作品のすばらしさを言い表すことは、私の能力ではできそうにないので諦めます。
でもそれとは別に思ったのは
同じ"アート"というくくりだけれど、やはり絵画と現代アートは違うなぁということ。
ここまでいくつもの現代アート作品を連続して観て来ましたが
このような感情の動きはありませんでした。
(観る人や作品によって異なり一概には言えませんし、あくまでも私の主観です)
違うというのは平面か立体か等ではなくて
エネルギーや距離, 衝動, リアリティ, 魂・・・というか、うーん。
観る者への、感情への訴えかけも全然違う。
少し難解な感じがして抵抗があり
今まで近づくきっかけを持たずに来てしまっていた現代アートですが
今回の芸術祭でこの土地と共に文字通り体感しふれ合い
楽しんでいる自分を発見できたことをうれしく思いました。
妻有の地がそれを手伝ってくれたことが大きいかもしれませんが
これからはもっとアートを楽しんでいくことができそう、ワクワクが増えました。
しかしそれと同時に
時に癒しや安らぎを与え、時に荒々しく牙を剥く絵画や絵画表現の持つ力の強さや
魅力に改めて気付かされ、見つめ直すこともできました。
そしてまだまだ未熟者で恥ずかしいのですが
自身もその表現をする者の一員であることを、心から幸せに思いました。
身の引き締まる思い。
はーーー。
それにしても、麻紙や岩絵の具, 墨や筆や膠など
あらゆるものが自然界の恩恵を受けてできている日本画。
素材感があって素のままの愛おしい画材で描かれた先生の作品は
茅葺き屋根の古民家の中にとても自然に居心地よく存在し
訪れる者を静かに迎えてくれているようでした。
その空間はあたたかさと作家の息づかいを感じるものでした。
じっくり作品と向き合い、ふーっと息をついてふと窓の外を眺めるとaguri2
・・・。
やられました、あぐり先生。

dappi2
「脱皮する家」
これは床ですが、柱や壁や梁や・・・
至る所がこのように隙間なく細かく彫刻刀で彫られています。
dappi
よく目を凝らすと、驚くことに屋根の内側の板にまで彫り跡が。
予約をすればここで宿泊もできるそう。
主を失った家が、こうしてかつてのぬくもりを取り戻しています。

sansyou
ちなみに私が泊まったのは、小さな集落を見渡す位置に建つ「三省ハウス」。
松之山の、1988年に廃校になった小学校をきれいにリニューアルした
木造二階建ての宿泊施設です。
食事は食堂でにぎやかに。
地元のお母さんたちが、腕を振るって用意してくださいます。
寝るのは、かつて子供たちの教室だった場所に並んだ二段ベッドで。
同日の宿泊客と同室になる、ドミトリーのような感じ。
食堂兼ラウンジでは、今日はどこの展示を観て来たとかアートについてだとか
旅先での話は尽きません。
こうゆう空気、好きなのです。

結局、二日間をフルに使って走りまわった結果
大きいものから小さい規模のものまで様々ですが
およそ50点ほどの作品を観ることができました。
数多く観ればいいというものでもありませんが
全部で370点もあると聞けば、やはり熱が入るもの。
しかも、実際そこへ行ってみないと出会えないものばかりなのですから。
でもまだ300点以上も観ることのできなかった作品があるなんて。
あぁ、どうにも時間が足りません。

kyororo
「森の学校 キョロロ」
森の動物や昆虫に関する展示が見られる自然科学館。
なんといっても建築がかわいらしい。
暗い階段を延々登ってあの高い所まで行って来ました。
見晴らしは、言うまでも無く。

すべてを通して感じたのは、「再生」というキーワード。
それぞれのアートから感じるのはもちろんのこと
廃校になった校舎や空家、元気を失いつつあった地域一帯が
息を吹き返しているようです。
また、作品の感想と別に、今回妻有地域をまわっていて肌で感じたのは
大地の芸術祭という祭典を通して育まれた、アートと人と土地の密接なつながり。
輪(和でもあるかな)。
たとえば、各展示場所には簡単な受付が設置されていて
パスポートにスタンプを押してもらえたり作品の案内をしていただけるのですが
そういった係を担当しているのは
その一帯の集落に住む方たち お年寄りや子どもたちだったりします。
また、「この方はこの間来た時、こんな話しをして喜んでいたんだよ。」
などと、アーティストについて親しげに語るおばあさんに出会ったりもしました。
アートを越えた、血の通ったつながり。
それが随所に感じられて、初めて訪れたこちらまでも
その輪にスッと加えてもらえたような気がして自然と笑みが出てしまいます。
いいなぁ、この感じ。
しかし10年ほど前、第一回目の開催を迎える活動が始まった頃は
地元の方々はそれに対し猛反発だったのだそうです。
農業を中心とした古く保守的な地域であり
現代アートに触れたことのない方も多ければ、必然的なことかもしれません。
けれどアーティストがその土地に入って制作を始めると交流が生まれたり
祭典への理解が深まったり
遠くからその作品を観に来る人たちがいたり・・・
次第にこの土地に受け入れられ根付いて、今回までに至るのだそうです。
そして次は2012年 。
3年後の開催まで、作品や環境の維持や保存など
地元の方々やボランティアに支えられてこの祭典は続いていきます・・・。

車でひたすら行ったり来たり駆け巡ったので
帰る頃には妻有の土地勘がついてしまいました。
訪れるまで知らなかったはずの土地なのに
去るのがこんなに寂しい。
アートと人と緑で気持ちがパンパンになって、関越自動車道を東京へ。
本当にステキな芸術祭でした。
こんな思いにさせてもらえて、妻有に感謝とありがとう。

自分の記録代わりに書いているので
やっぱり長くなってしまいました・・・。
komorebi

越後妻有 大地の芸術祭
久しぶりにスッキリと晴れ渡った初秋。
セミの声もまだ聞こえてくる、まるで最後の夏休みのような二日間で
新潟県の越後妻有地域で2000年から3年に一度開催されている現代アートの祭典
「大地の芸術祭」に行ってきました。

妻有は中山間地帯であり、日本屈指の豪雪地帯です。
日本の各地で問題になっているように
この地域もまた、10年前までは過疎化や高齢化に悩まされていました。
そこをアートで再生させようというのが、この芸術祭が行われるようになった
すべての始まりなのだそうです。
4回目の開催である今回、参加アーティストは40の国と地域, 約350組。
アート作品数は約370点あるとのこと。
それら作品の展示場所は妻有地域全体に点在しているため、移動手段は車に。
全部を二日で観切ることは到底無理ですが
できるだけフルにまわることのできるよう、出発前にMAPとにらめっこ。
ルートを考えて、いざ現地・妻有へ。

ubusuna
「うぶすなの家」
空家となっていた茅葺き古民家を
地元食材を使った料理を提供するレストランやお茶室,
8人の陶芸家の作品の展示空間として再生。
器のみならず、囲炉裏やかまど, お風呂などがやきものでできています。
irori
かまどからながーくのびる煙突。
織部で絵付けされた、これも陶芸作品。
いったいどうやって焼いたのだろう?

hari
「enishi」
廃校になった小学校の体育館の床に、波打つようにして這う繋がれた待ち針。
所々にぽつんと置かれた一輪車やはしごなども待ち針で覆われています。
そこにかつてあった時間の記憶を、小さな待ち針が留めているよう。
静寂の中に浮かび上がるその光景は狂気的でもあり、切なくもありました。

tokuiten
「もうひとつの特異点」
古民家の中に張り巡らされた放射線状のワイヤー。
絡み合っているような中心部は人の形をしています。
無機質な線があまりに鋭い。
ちなみに特異点とは、宇宙の起源を意味するそうです。

kagami
「再構築」
無数のまるい鏡が建物の壁を覆います。
青空や雲が映り込むと境界線がわからなくなり、不思議な錯覚に陥りそう。
建物の内部も一面の鏡・鏡・鏡・・・
いったいどこにいるのでしょう、おかしくなってしまいます。
kagami2

1つの作品を観終えると、MAPを確認して次の目的地へ移動。
その繰り返し。
道の傍らに立っている、黄色が目印のアートナビの標識を頼りに
山を越え谷を越え村を越え・・・時にはこんなにすばらしい景色に出会えます。
さすが米どころ、みごとな棚田。
ここのみならず、この地域一帯はどこへ行っても森や田んぼが広がっているようで
なんだかもう、里山の風景すべてがアートに見えてきてしまいます。
これもこの地に根付いた作品なのかもしれませんね。
tanada

今回も長くなりそうなので、前半はここまで。
後半に続きます・・・


夏の終わり
気がつけばもう8月も終わり。
そして夏の終わり。
セミの鳴き声、入道雲、お祭り、スイカ、ホタル、夏山、麦わら帽子・・・
蚊にも刺されてしまったし、日焼け止めも何度も塗った。
水辺に行けなかったのは少し心残りだけれど
暑い暑いと言いながらも、今年も夏を肌で感じて過ごしました。
そして早くも秋の気配。
ここ数日、夜風がなんと涼しくなってきたことでしょう。
もう少し夏が長くてもいいのにな、なんて思うのは
例年に比べて日照時間が少ないため、太陽が名残惜しいからなのかもしれません。
とはいえ、秋もとても好きな季節です。
優しさと寂しさが混ざり合うような季節。
やがて、緑が赤や黄色に色を変えていくのも楽しみです。
でも、さすがにそれはまだしばらく先のことですが・・・。


先日観た映画から。
「未来の食卓」(フランス)
南フランスの穏やかな光の降り注ぐ小さな村・バルジャックが
子供たちの未来を守るために学校給食や高齢者の宅配給食をオーガニックにする
という、前例のない試みに挑戦したドキュメンタリーです。
ヨーロッパでは、癌や糖尿病などの生活習慣病の70%は
食習慣を含む環境に原因があると言われており
それは地球温暖化, 環境破壊, 農業のあり方と食生活が密接に関係しています。
この挑戦は、こういった危機的状況から脱却するためであり
ショーレ村長が立ち上がったことから始まります。
ヨーロッパはアジアやアメリカなどに比べてオーガニックの意識が
一般の人々のところまでかなり浸透しているのだと思っていましたが、
畑の野菜や稲に、農薬が滴り落ちるほどの散布をしている映像が出てきたり
(あまりのすごさにゾッとしました。
 そうした栽培を行っている農家は、農薬の恐ろしさを知っているため
 自分たちはそれらを食べずに別に育てた安全なものを食べているのだそうです。)
害虫や天候などの被害を防ぎ
安定してたくさんの収穫を得なくては成り立たないという
農家の人たちの悩みや怒り、無農薬栽培に対する不安・・・
オーガニック食材を買いたくても、そうでないものに比べて
値段が高いので買うことができないと訴える人々・・・
オーガニック先進国といえども、やはり他の国々と同じで
難しい問題に変わりはないようです。
映画は、しかしながらもオーガニック化への必要性を強く問いかけて進み、
子供たちの親や農家を始めとする人々と何度も話し合いを重ね
また、給食のオーガニック化によって子供や高齢者の味覚や安全への意識を高め
次第に村全体が変わっていく様子が映し出されています。
そしてこの挑戦は現在も続いていて、バルジャック村はフランス国内において
オーガニックの学校給食導入のリーダー的存在となっており
他の村や地域でも、バルジャック村の後を追って試みが行われているそうです。

私は無類の野菜・フルーツ好きです。
主食や魚などのメイン(肉は基本的に食べていませんが)より
サラダや煮物があれば幸せに思うくらいで
親にはよく「うちには大きなうさぎがいる」と言われていたほどです。
けれどそれは、幼い頃から美味しい野菜をたくさん食べさせてもらっていたから
そうなったのであり
新鮮で安全な野菜を送ってくれる田舎や農協があったり、知り合いがいるという
環境があったからなのだと思います。
今は近くに畑が見当たらないような場所に暮らしているので
日々の食材はもっぱらスーパーや八百屋で買います。
数年前に中国やアメリカからの輸入食品について騒がれてからは
日本でもようやく食への安全意識がグッと高まり
国産物に目を向けるようになったり、生産者が見えるような販売になりましたが
だからといって、イコール「もう安全」と肩をなで下ろすには早いわけで
日本の農業の現状も、映画で観たフランスのそれとそう遠くはないのでしょうし
抱えている問題も同じだと思います。
近くの商店街にはオーガニック専門店もありますが
そこに並んでいる食材は、やはり値段はスーパーなどの倍以上。
安全で新鮮な野菜を、誰もが手に入れることができにくいのが現状です。
この映画を観て、自分の身にも降り掛かっている危機を切実に感じました。
そして日本でもオーガニックへの意識がもっと高まって
無農薬を実践する農家がもっと増えることを祈るばかりですが
しかし、この夏もニュースでは冷夏などの異常気象による農作物と農家への被害が
取りざたされています。
農業の大変さについて、ほとんど話や映像でしか知らない私は
簡単に日本の農業に対してどうこう安易に言えるような身分ではありませんが
環境のことも含め、選んだり知識をつけて
自分のできることを実行していきたいと、改めて思いました。

余談ですが、上映が行われていたのは30人ほどしか入らないような
とても小さなシアター。
多くの人が観てこそ、この映画の本当の意味があるのになぁ・・・と思いました。

nekutarin
なんだかとてもシュールな画に・・・(汗)
ネクタリン。
響きは理科の実験室を思い出させるようで好きではありませんが
味は甘酸っぱくて濃厚で、大好きです。
夏〜秋は、フルーツが豊富でうれしいな。

ito
しっぽのある妹。
物憂げに見えますが、やんちゃ者です。
お盆の帰省時にたくさん遊んで来ました。

oze
尾瀬に一緒に行った友達が写真をくれたので、おまけ。
朝もやに見入っていた時に撮られていたようです。
尾瀬はもう赤トンボが飛んでいる頃かもしれませんね。
尾瀬へ 2
二日目の朝は日が出る前に起床。
そして冷たい水で顔を洗い、急いで支度。
外にはこの時間を逃しては観ることのできない光景があるのです。
山小屋から出ると辺りはまだほの暗くひんやりとしていて
草木も虫や動物たちも朝露に濡れながら静かに儀式を待っています。
深く吸うと、肺に生まれたてのさわやかな朝の空気が流れ込むのがわかりました。
尾瀬が私の身体の中を隅々まで浄化しながら通過してゆくような感じ。
木道を少し歩くと・・・期待のものを観ることができました。
朝もやです。
湿原から水蒸気が立ち上って、景色が白く霞みます。
尾瀬という大きな大きな生き物がゆっくりと脈を打ち、呼吸をしているよう。
am 5:00  奥に見えるのは燧ヶ岳。

そして間もなくして目覚めの時がやってきました。
澄んだ空気をほとばしる閃光。
強くあたたかな朝日がすべてを照らし包み込みます。
asahi
白樺さん、おはよう。
shirakaba
朝露のレース。
kumo

山小屋で朝食を食べ、
7時過ぎ、至仏山登山口にて合掌。
登山開始。
雨水が溜まり、ぬかるみがひどい一帯をやっと通り抜けたかと思えば
勾配もだんだんきつくなり、今度は滑りやすい蛇紋岩の岩場をよじ登ります。
森林限界を越え、休憩をとるたびに後ろをふりむけば下界に広がる尾瀬ケ原。
次第に身体も慣れて爽快感を感じながら順調に進み
11時、山頂へ到着。
着いたー。
santyou
尾瀬ケ原と燧ヶ岳を臨む。
yamayama
山小屋から持たせてもらったおにぎりを食べ、一休憩。
じっとしていると汗が風で急激に冷やされて寒いので、次は火を焚きたいなぁ。
エネルギーを補給し、鳩待峠方面へ下山。
足場もよく、下りは楽なので高山植物を見て楽しむ余裕も。
植生が移り変わり、木の丈がどんどん大きくなります。
14時前には無事に鳩待峠着。
ふー、お疲れさまでした。
尾瀬と山の神さま、ありがとうございました。
そして疲労と充福感と後ろ髪を引かれる思いをしながら、帰路へ。

人間に支配されていないあるがままの自然に合うたびに
「この”本当の場所”を忘れない」と胸に誓います。
尾瀬でも何度もそう思いました。
本当の場所では本当の時間が流れ、生きている者がいる。
そこでは何が大切かがシンプルであり、クリア。
自然に圧倒されるのと同時に、小さな自分をうれしくさえ感じます。

今回まわったコースは尾瀬のほんの一部でしかありませんでしたが
尾瀬の魅力をたっぷり味わい、体感することができました。
本当に行ってよかった。
季節やコースを変えて、ぜひまた訪れたいな。
行きたい場所は増えるばかりです・・・。