さて、車を走らせて次に向かったのは・・・
「OUR HOME-私たちの家」
(内田あぐり+内田亜里+武蔵野美術大学日本画専攻内田ゼミ)
在学時代お世話になった、ムサビの日本画学科教授 内田あぐり先生。
古民家に、日本画作品を屏風のようにして展示してあります。
ここで私は先生の作品と対峙し、衝撃を受けました。
あまりに激しく揺さぶられる感情。
こんなに真っ直ぐ、けれど言葉にならない思いが伝わってくる。
まるでそこに先生がいらっしゃるかのよう。
作品の放つ強さに圧倒されて、胸をぐっと掴まれるような感覚。
黒や紫, 黄色の強く潔い線や、傷付けるかのごとく画面に走る引っ掻き跡や
縫い合わせたり張り合わせた跡, 女性の曲線を前にして
にわかに早まる鼓動。
・・・すごい。
なんて美しい。
残念ですが、うまく言葉にできません。
作品のすばらしさを言い表すことは、私の能力ではできそうにないので諦めます。
でもそれとは別に思ったのは
同じ"アート"というくくりだけれど、やはり絵画と現代アートは違うなぁということ。
ここまでいくつもの現代アート作品を連続して観て来ましたが
このような感情の動きはありませんでした。
(観る人や作品によって異なり一概には言えませんし、あくまでも私の主観です)
違うというのは平面か立体か等ではなくて
エネルギーや距離, 衝動, リアリティ, 魂・・・というか、うーん。
観る者への、感情への訴えかけも全然違う。
少し難解な感じがして抵抗があり
今まで近づくきっかけを持たずに来てしまっていた現代アートですが
今回の芸術祭でこの土地と共に文字通り体感しふれ合い
楽しんでいる自分を発見できたことをうれしく思いました。
妻有の地がそれを手伝ってくれたことが大きいかもしれませんが
これからはもっとアートを楽しんでいくことができそう、ワクワクが増えました。
しかしそれと同時に
時に癒しや安らぎを与え、時に荒々しく牙を剥く絵画や絵画表現の持つ力の強さや
魅力に改めて気付かされ、見つめ直すこともできました。
そしてまだまだ未熟者で恥ずかしいのですが
自身もその表現をする者の一員であることを、心から幸せに思いました。
身の引き締まる思い。
はーーー。
それにしても、麻紙や岩絵の具, 墨や筆や膠など
あらゆるものが自然界の恩恵を受けてできている日本画。
素材感があって素のままの愛おしい画材で描かれた先生の作品は
茅葺き屋根の古民家の中にとても自然に居心地よく存在し
訪れる者を静かに迎えてくれているようでした。
その空間はあたたかさと作家の息づかいを感じるものでした。
じっくり作品と向き合い、ふーっと息をついてふと窓の外を眺めると

・・・。
やられました、あぐり先生。
「脱皮する家」
これは床ですが、柱や壁や梁や・・・
至る所がこのように隙間なく細かく彫刻刀で彫られています。
よく目を凝らすと、驚くことに屋根の内側の板にまで彫り跡が。
予約をすればここで宿泊もできるそう。
主を失った家が、こうしてかつてのぬくもりを取り戻しています。
ちなみに私が泊まったのは、小さな集落を見渡す位置に建つ「三省ハウス」。
松之山の、1988年に廃校になった小学校をきれいにリニューアルした
木造二階建ての宿泊施設です。
食事は食堂でにぎやかに。
地元のお母さんたちが、腕を振るって用意してくださいます。
寝るのは、かつて子供たちの教室だった場所に並んだ二段ベッドで。
同日の宿泊客と同室になる、ドミトリーのような感じ。
食堂兼ラウンジでは、今日はどこの展示を観て来たとかアートについてだとか
旅先での話は尽きません。
こうゆう空気、好きなのです。
結局、二日間をフルに使って走りまわった結果
大きいものから小さい規模のものまで様々ですが
およそ50点ほどの作品を観ることができました。
数多く観ればいいというものでもありませんが
全部で370点もあると聞けば、やはり熱が入るもの。
しかも、実際そこへ行ってみないと出会えないものばかりなのですから。
でもまだ300点以上も観ることのできなかった作品があるなんて。
あぁ、どうにも時間が足りません。
「森の学校 キョロロ」
森の動物や昆虫に関する展示が見られる自然科学館。
なんといっても建築がかわいらしい。
暗い階段を延々登ってあの高い所まで行って来ました。
見晴らしは、言うまでも無く。
すべてを通して感じたのは、「再生」というキーワード。
それぞれのアートから感じるのはもちろんのこと
廃校になった校舎や空家、元気を失いつつあった地域一帯が
息を吹き返しているようです。
また、作品の感想と別に、今回妻有地域をまわっていて肌で感じたのは
大地の芸術祭という祭典を通して育まれた、アートと人と土地の密接なつながり。
輪(和でもあるかな)。
たとえば、各展示場所には簡単な受付が設置されていて
パスポートにスタンプを押してもらえたり作品の案内をしていただけるのですが
そういった係を担当しているのは
その一帯の集落に住む方たち お年寄りや子どもたちだったりします。
また、「この方はこの間来た時、こんな話しをして喜んでいたんだよ。」
などと、アーティストについて親しげに語るおばあさんに出会ったりもしました。
アートを越えた、血の通ったつながり。
それが随所に感じられて、初めて訪れたこちらまでも
その輪にスッと加えてもらえたような気がして自然と笑みが出てしまいます。
いいなぁ、この感じ。
しかし10年ほど前、第一回目の開催を迎える活動が始まった頃は
地元の方々はそれに対し猛反発だったのだそうです。
農業を中心とした古く保守的な地域であり
現代アートに触れたことのない方も多ければ、必然的なことかもしれません。
けれどアーティストがその土地に入って制作を始めると交流が生まれたり
祭典への理解が深まったり
遠くからその作品を観に来る人たちがいたり・・・
次第にこの土地に受け入れられ根付いて、今回までに至るのだそうです。
そして次は2012年 。
3年後の開催まで、作品や環境の維持や保存など
地元の方々やボランティアに支えられてこの祭典は続いていきます・・・。
車でひたすら行ったり来たり駆け巡ったので
帰る頃には妻有の土地勘がついてしまいました。
訪れるまで知らなかったはずの土地なのに
去るのがこんなに寂しい。
アートと人と緑で気持ちがパンパンになって、関越自動車道を東京へ。
本当にステキな芸術祭でした。
こんな思いにさせてもらえて、妻有に感謝とありがとう。
自分の記録代わりに書いているので
やっぱり長くなってしまいました・・・。