さいとうつづりの黒い森
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驚異の部屋
初秋のある日の遠足は

電車とバスとタクシーを乗り継いで
片道3時間と少し



初めての駅に降り立ち
その駅前から1時間に1本というバスに乗り
のどかな景色を眺めながら
今度はタクシー

どちらからですか?
などと気さくな運転手さんに話しかけられながら
どんどん深まる緑の車窓に笑いそうになる
ここはいったいどこですか

そうして辿り着いたのは
ひっそりと山の奥で呼吸する
小さな美術館



中に入る
するとそこは
失われた世界の果ての修復
夢想と闇の
コレクション

甘美な
美しき世界よ

ひとつひとつ
あなたはどこから来たの
どういう時を過ごして来たの
物語を聞いて
対話をして
その美しい陳列品で満たされた空間
驚異の部屋に身をまかせ
たゆたい
恍惚

時を忘れて
気付くと誰もいなかった



偶然にも作家さんとお会いでき
思いには到底追いつかない言葉にもどかしさを覚えながら
それでも少しお話をさせていただき
美術館の方からは
近くの畑で穫れたいただきものなのでよかったら と
たくさんの瑞々しい野菜を持たせていただき

去りがたくも
その空間をあとに



タクシーからバスへの待ち時間は
タクシー会社の事務所で涼ませていただいたりと
初めての場所で会った初めてのひとたちにあたたかくしていただいてばかり
行きはちゃんと着けるかドキドキとしていたのに
帰りにはいろいろなものでこんなにも満たされた自分がいて
不思議な心地

出会ったすべてに
ありがとう



4時間かけて帰宅し
いっしょに帰宅したゴーヤや茄子やピーマンで炒め物をつくって体にも栄養補給
今夜も祟られてしまいそうなほどたくさんのピーマンを食べた



この空間はあと少しで消えてしまうから
どうぞ記録して残してください と
作家さんよりお許しをいただいて撮影
これはほんの一部

コレクション



美しいものを収集したい
古の物語を秘めた鍵のようなものたちを
もっと もっと
七夜月


湿度が高くてうわっとする
気怠い午後

それでも紫陽花は美しく


紫陽花


紫陽花




歩いていたら
穏やかでダラリとしたひと気のない道の向こうから
ひとりの女性

グレーのワンピース
その胸元には真っ黒なうさぎが抱かれていた

うさぎはとてもおとなしくて
息をしていないぬいぐるみのように

女性の目は遥か遠くを見つめて
何も映してないかのように

私の来た方向へと静かに静かに歩いて行った

何処へ行くのだろう

けれど
振り返ることはやめにしておいた




それからまた少し歩いていると
パンのかけらが落ちていた

そそっかしいだれかさんが落としてしまったのね
そう思っていたら

また少し歩いてパンのかけら

また少し歩いてパンのかけら

また少し歩いてパンのかけら・・・

ここは森の中ではないけれど
迷ってしまわないよう
だれかが落としていったのかしら

そして
何処へ行ってしまったのかしら




それからまた少し歩いていると
足下に現れたのは今度はパンでなく
摘み取られたおしろい花

その花の部分だけがたくさん

一カ所に
アスファルトの堅い地面の上に
小さな円を描くように

まるでそこで何かがあったように

密やかなこと

おまじない
お祈り

もしくはいたずら

くすくすと笑って隠れているの

それとも花を置いて跡形も無く
消えてしまったの




はっとして足を止めた私は
消えること無く

少しして
ふたたび歩き続けた




湿度のせいで
空気が歪んでいるのかもしれない

そうゆう時はきっと
曖昧なことが起こりやすい




その夜は満月だった

やさしい光も虚ろげだった


虚ろ




それからいくつかの時が過ぎた
雨の夜に

天の川を見た


ル シエル
最近
撮ったものを見返したら
空ばかり写っていた


空を見上げていたのね




菜の花





宵闇





ツバメ




遠い空の
空に隠れた別の場所




moon




やさしい光
この手に触れることができたなら


愛おしいあなたの欠片
どこかに落ちているかしら

「非現実の王国で」
学生時代は頻繁に出かけた美術館や展覧会。
一日に何カ所もはしごをして、とにかく観る
なんてことをよくしていたものですが
その頃と比べると、最近はさぼり気味でよくありません。
あぁ、もっともっと勉強しなくては。
とは言いつつも、もちろん気になったものへは出かけているのですが。

先日は、ラフォーレミュージアム原宿で行われていた
ヘンリー・ダーガー展へ。
作品は媒体を通してあちらこちらで見かけることがあり
昔からなんとなく気になりはしつつも
自分の求めているものとは違う気がして
今までちゃんと観たことがなかったのですが
少し前にダーガーの生涯を知ってからは、ぐんと興味が湧き
その思いを満たすべく、表参道から久しぶりのラフォーレへ。
会期が意外と短くて、危うく今回も観逃すところでした。

今や代表的なアウトサイダー・アーティストとして知られるヘンリー・ダーガー。
その生涯は孤独で、幼い頃に親との死別や施設での生活を経験し
19歳の頃から81歳で死を迎える数年前までの間
病院の清掃人として働く傍ら
誰にも知られることなく膨大な数の挿絵と共に紡いだのが
1万5145ページにも及ぶ叙事詩的小説「非現実の王国で」です。
( 非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語
  子供奴隷の反乱に起因するグランデコーアンジュリニアン戦争の嵐の物語 )
それは、子供を奴隷として虐待する暴虐非道な男たちを相手に
壮絶な戦いを繰り広げる7人の美少女姉妹の物語。
身寄りが無く貧しく、ホームレスのような出で立ちだったというダーガー。
けれどダーガーの死後
彼の部屋に残された作品らは、アパートの大家によって発見され
世界はダーガーの暴走する妄想にあふれたアートワークに驚愕することになりました。
今回の展覧会はその大判の挿絵を主に
遺品のスクラップブックや、彼の亡き後の部屋の様子を写した写真など。

誰にも知られず、発表することもなかった作品たちは
その制作年月の記録も無く、定かではないため
会場内は特に観る順番などはありませんでしたが
一見、どの作品もポップでメルヘンチックのようでも
こっちでは少女たちが勇ましく戦っているかと思えば
あっちでは拷問にあっていたり
内蔵があらわになった血だらけの虐殺体がごろごろと転がっていたり・・・。
ダーガーの中に広がる王国物語に翻弄される楽しみ。
王国の国旗を描いたものなどのいくつかの作品には
ダーガーが自室の壁に貼付けていた跡であろう画鋲の穴がありました。
きっとダーガーは部屋いっぱいに自分だけの物語を膨らませていたのであり
それは現実世界を凌駕し
その中にこそ彼の存在の場所があり
すべてがあったのだろうなぁ・・・。
カラフルな花々とたくさんの少女たちで埋め尽くされた画面の作品を前にした時
私は思わず泣きそうになりました。
けれど、彼の不遇の人生を哀れんだわけでも
生前、発表の場を持てなかったことに対してでもありません。
ダーガーは自分の生涯を悲観して生きていたとは思いません。
非現実の世界の中で、彼はめいっぱい生き満たされていたのだと思います。
人は誰しも、自分だけの内なる空想の世界を持っているもの。
それがあるから、現実世界で自分を形成していられる。
逆で、そのために現実を生きる かな。
アートを超えたものが、そこにはありました。
観たいものを観て、感じることができてよかった。

その後は、青山の国連大学広場前で週末に開催されているマルシェへ。
こちらもずっと気になりつつも、初訪。
日本のいろんな産地から、表情豊かなめずらしい野菜や果物などの恵みが揃い
一つ一つテントを覗くのがまたおもしろい。
作る人といただく人が顔を合わせられる場所って、この辺りにはそうないもの。
皆さん、自信作を誇らしげに並べていました。
ここはちょっとクセになりそう。
いくつかのパンと野菜を連れて帰りました。
表参道を歩く私のバッグからは、ニンジンの葉がわさわさ。

国連大学広場の生け垣に咲いていた花
緑と白のこの感じ、好きだなぁ。
どこへ行っても、花に目が行ってしまいます。
国連前

マルシェの野菜たちとほうれん草ベーグル
トマトもニンジンも青臭く(?)て味がとっても濃い。
それは、パツンと弾けるトマトに一粒ずつ
キミはなんて美味しいのだろう、と声をかけたくなるほどでした。
マルシェ
はんなり京都
京都の展示から一ヶ月が経つのだなぁと
早くもあり、でももうずっと前のことのような感じもして
日常の生活を送りながら
でもどこかのスイッチがいまだONになったまま
不思議な気持ちで振り返っていたある日のこと
京都の伯母から電話があって
「あなたに観せたい展覧会があるから、すぐに京都へいらっしゃい」
と、呼び出しを受けました。
なんでもその展覧会とは
毎年京都で3日間だけ行われる「表展」というもので
日本を代表する各地の表具師さんが中心地である京の地に一堂に会し
手掛けた自慢の作品を持ち寄って腕の比べ合いをするという
表具の展覧会なのだそう。
(なんと今年で95回目!)
伯母は、今の私には多くの刺激や栄養となるものが必要であることを知って
また、私が武蔵美の日本画を出ていることもあって
京都で観ることのできる日本画やその他アートに限らず
良いものがある度に気にかけ、教えてくれています。
とはいえ、今回はあまりにも急でしたが
せっかくの機会ですし、チャンスがある時には動こうと思い
この電話の次の日、私は再び京の地を目指したのでした。

朝、京都に降り立つと
山の向こうからやっと昇ってきた陽の光を浴びながら
まずは伯母のナビゲーションで京都観光へ。
紅葉のベストシーズンは過ぎてしまったものの
まだ少しは間に合うところがあるかもしれない
と、いくつものお寺や名所を巡る巡る・・・
前回に続き、またしても私にはどこをまわったのか分からないほどでした。

東福寺の通天橋を臨む。
ここは紅葉の名所で、ピーク時は見渡す限りが赤一色で染まったのだそう。
私が訪れたときは、もうかなりの終盤。
かすかに数本の木が、落ちる間際の葉を留めてくれていました。
紅葉

真如堂(真正極楽寺)。
同じく紅葉の名所と知られるお寺なのだそう。
残念ながらこちらもやっぱり時期が遅かったようですが
足下一面に広がる赤い絨毯が
最盛期にはどんなにか美しい景色をたたえていたことか、伺い知れました。
その様子は・・・想像力でカバーを。
落ち葉

それでも、ぎりぎりまだところどころで観ることのできた真っ赤な紅葉。
京都の紅葉といえば、この色を指すのだとか。
陽にかざすと透明度を増して、それはもはや色彩を越えた色彩。
たちまちにして、自然界のマジックにひれ伏しました。
赤

紅葉巡りを一通り終えて
遅めの朝食は京都大学のすぐ近くにあるパン屋さん併設の喫茶店 進々堂で。
京都の方にとっては言わずと知れた、風格漂う老舗。
店内には人間国宝の黒田辰秋氏の長テーブルが置かれ
心地よい静けさと共に、焦げ茶色の重厚な空間が訪れた者を包み込んでくれます。
本を広げたりして一人の時間をゆっくりとくつろぐには最高の場所。
この雰囲気がとても好きで、私の定番京都といえばここかな?
今までに、もう何度も連れて来てもらっているお店の一つ。
この日選んだフルーツサンドウィッチは
パンもふわふわの白いクリームも、どこかノスタルジックな優しい甘さがしました。
進々堂

伯母がお茶のお稽古に戻るため
後半は前回の滞在でも活躍したMAPを頼りに、一人で京都散策。
まずはバスと電車を乗り継いで、本と雑貨のステキなセレクトショップ
一乗寺の恵文社へ。
前回も訪れている通り
こちらも私の京都巡りの定番スポットとなってきました。
ここにいると、時が経つのも忘れてしまうほど。
なのですが、時計とにらめっこして
名残惜しく思いながらも次の目的地へ移動します。
急ぐのには理由があって、なんと今回の京都は日帰り旅。
タイムリミットは数時間後に迫っているのです。
次に訪れたのは、銀閣寺の近く
哲学の道から少し入ったところにある小さな美術館
「ユキ・パリス・コレクション」。
オーナーのユキ・パリスさんが30年以上に渡ってヨーロッパ各地で収集した
16〜20世紀の糸と針の手仕事を観ることができます。
1階はアンティークショップで、2階がコレクションルーム。
広さはそれほどありませんが
それでもそこかしこに埋め尽くされた刺繍やレースの収蔵数は圧巻で
そのどれもが息をのむほど繊細であり可憐。
こうゆうもの、たまらなく惹かれます。
工業製品に溢れた現代に慣れ親しんでいる私たちの目には
信じがたいほどの細かな、人の手によって一針一針生み出された服飾品たち。
それらを眺めていると、愛しくてあたたかで
そして、なんだかうらやましくもあって。
思いも気分もすっかり当時のヨーロッパへ飛んで行ってしまい
ここが京都であることなんて、嘘のよう。
いいなぁ、こんなレースを身につけてみたい。
しばしその小さな異空間に酔いしれて
フッと我に還ると、再び時計とにらめっこ。
次はいよいよ今回の本当の目的である「表展」です。

市街地に戻って、展覧会の行われている京都文化博物館へ。
会場に着くと、多くの来場者と関係者で大賑わい。
表具の展覧会とはいえ、本来の主役である絵画は
現存作家に加えて横山大観や竹内栖鳳の作品も並んでいたりして
表具師さんたちのこの展覧会に懸ける本気さ加減が伺えました。
そして肝心の表具ですが、これがとてもおもしろい。
この展覧会目当てに京都まで来ておいてお恥ずかしい話ですが
まだまだ勉強の足りない私のような者にとっては容易く理解できるものではなく
相応の知識を深めてから観ることができたなら
きっともっと違った見方ができたのだろうと惜しくも思いましたが
これだけたくさんの表具作品を
一度に観ることのできる機会なんてめったに無いので
ここぞとばかりにじっくり観察し、そして味わって。
先ほどのヨーロッパから、今度は一気に日本の秀逸な装飾美の世界へ。
それぞれの表具と絵画の響き合いが楽しくて
数を観てゆくと素人目にも
工房ごとの色の違いや好みなども見て取れたりもしてきて。
中には配色の斬新な作品や、文様の入りがかわいらしくて
うっとり観入ってしまう作品なども多くありました。
こちらは時間を気にせず心ゆくまで堪能し、会場を後へ。
京都ならではの底力と厚みを垣間見たような、そんな展覧会でした。
やっぱり来てよかった。

それからは、前回の滞在で歩き慣れた街並を確かめるようにしながら
気になる雑貨屋さんを覗いたりお土産を買ったり
ひと月前にお世話になった同時代ギャラリーにも立ち寄りました。
こんな私でも土地勘が少しずつ付いてきたので
頭の中に地図を思い描きながら自由に動き回れているのが、うれしい進歩。
けれど調子に乗って歩き回り過ぎてしまい、ヘトヘトに。
お稽古を終えた後の伯母宅に戻って
伯母の点てた薄茶とお菓子をいただき
伯父も交えて、最後はフレンチのディナー。
いとこも合流し、とても楽しいひとときを過ごさせていただきました。

今回は短い滞在でしたが
フルに動き回って観るものを観て味わって、まさに京都を大満喫。
罰が当たってしまいそうなほどの贅沢な一日。
罰が当たる前に、思いを還元していかないと。
伯母に感謝。
見送りを受けて乗り込んだ帰りの新幹線は
またしてもあっという間に夢の中でした。
秋から冬へ移りゆく京都を旅した私の、とある一日はこうして終了です。
さぁ、次はいつ・・・?
なんて、また気が早い。

はんなり、ほっこり。
干菓子
2010 夏
残暑お見舞い申し上げます。
連日の酷暑、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

天気予報を確認する気も起きないくらい
毎日当たり前のように空は晴れ渡り、そして異常なまでの暑さ。
「暑い、暑い」と言うのが日課のような日々ですが
私の意識はしばらく前から秋にシフトしています。
今年は、毎年恒例になっている山登りに行くことができなかったり
遠出もあまりしなかったり
気になっているのは先のことばかりで
あまり夏を満喫した感じもしないまま
すでに、この季節を終えてしまった気がしています。
いくら暑さを疎ましく思っていても
それではちょっとさみしいような・・・。
あ、いけない かき氷食べてない。
それからそれから?
少しだけ夏を取り戻そうと思います。


先日は、Rosemary展でご一緒した千秋麻美子さんとお出かけをしました。
行き先は、「オシャレな街(?)」代官山。
私たちに、なんて似合わない響き・・・。
そして、行こうと思えばすぐ行くことのできる距離なのに
つい遠ざけてしまう街。
二人とも、以前訪れたのはもう何年も前のことで
もちろん行きつけのshopがあるわけでもなく
都内に住みながらにして、おのぼりさんです。
そんな私たちが、わざわざ代官山にやってきたのは
とあるお店でケーキを食べたかったから。
ところが、なんとか辿り着いたそのお店は・・・暗い?
近づいてみると、「夏期休業中」の文字がありました。
せっかく来たのに、がっかり。
下調べをしないのがいけないのですが。
しょうがないので、気を取り直してもう少しだけ歩いて別のお店へ。
そして、思いを果たすべくケーキを食べました。
お店は違えど、美味しかったので満足。

そう、大切なことが後になりましたが
この日の本当の目的は、打ち合わせ。
11月2日からの6日間、5月に続いてまたこの二人で展示を行います。
場所は、京都です。
詳しくは、また後日ご報告させていただきます。
知り合いもほとんどいない地での展示が
いったいどうなるのか分かりませんが
それもまた楽しみ。
いいものにできたら、と思っています。

ケーキを食べながらの打ち合わせを終えた後は
見知らぬ街をふらふらとお散歩。
雑貨屋さんに入って見つけた、小鳥の形をした一輪挿しに心を奪われたり
夏の終わりに籠のバッグを買うのはどうだろうかと悩んだり。
意外な場所での、大きな向日葵との出会いに喜びました。
向日葵
次にこの街を訪れるのは、何年先になることでしょう・・・。


こちらは、イギリスから一時帰国中の親友姉弟との夏の思い出。
イギリスにも花火はあるそうなのですが
個人で楽しむ手持ちタイプのものは見かけないとのこと。
そして驚いたことに、花火は冬に打ち上げるのが通例なのだそうです!
「日本の夏といえば、やっぱりこれだよね」
と、闇に美しく散る火花をしみじみと見つめました。
ありがとう、さわこさん。
線香花火


私のことを「春と夏は似合わないけど、秋と冬は似合うね」
と言ってからから笑う、私をよく知るまた別の友人。
そうかなぁ。
確かに夏はそうかもしれないけれど
春くらいは守備範囲でありたいものなのですが。
どうしたものか・・・。
まぁいいや、これからその秋と冬がやって来るのだし。
季節はめぐる。
思いを乗せて。
海の見える美術館へ
梅雨に入り
雨音が穏やかな夜に心地よく響きます。

5月の展示を終えてからしばらくが経ち
それまでは制作に集中するため控えていた
外出や物事を再開中です。
お気に入りのカフェに行ったり、友人と食事をしたり
好きな音楽に陶酔したり、買っておいた本を読んだり・・・
これらは日常のささやかなことだけれど
どれも大切にしていることばかり。
先日は勧めを受けて
電車とバスを乗り継ぎ、少し遠くの美術館へ行って来ました。

神奈川県立近代美術館 葉山館
「話の話  ノルシュテイン&ヤールブソワ」展
ロシアを代表するアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインと
その作品の多くの美術監督を勤めるフランチェスカ・ヤールブソワの
これまでで最大規模の展覧会です。
学生時代、ノルシュテインの代表作の一つ
「霧の中のハリネズミ」(1975) を観て衝撃を受け
その後「話の話」(1979) で、さらにグッと引き込まれ
ノルシュテインの描く世界のファンとなりました。
訪れたのは、梅雨入り前のある晴れた日。
逗子駅から約20分バスに揺られ、辿り着いたのは
海を見渡せる、落ち着いた雰囲気の美術館。
期待に胸を膨らませてやってきた私を待っていたのは
ノルシュテインのファンならきっと誰しも狂喜する
濃密な、とてもすばらしい展示でした。
マルチプレーンという独特な手法のアニメーションの中で
命を吹き込まれ、動き出す
愛おしいオオカミの子、愛おしいハリネズミ、愛おしいウサギたち・・・
セピア色は、闇や静寂, 儚さや淋しさ, 郷愁
そして、土の匂いのするあたたかさ。
どの作品にも一貫して多様されているその色が
ノルシュテインの描く詩的な世界を象徴しているようでした。
胸が小さくざわつくのは、そこに大切なものがあった証拠。
じっくりと心ゆくまで観て回り
外に出ると、梅雨入り前とは思えぬ晴れ渡った空。
海岸には、シーカヤックに乗る人たちの姿。
照りつける日差しの強さと見慣れぬ海辺の光景に
視線がふわふわとして定まらず
今観て来たものが、まるで白昼夢だったかのような錯覚を覚えました。

美術館へ向かう前、途中下車をして
紫陽花寺として有名な北鎌倉の明月院に立ち寄りました。
この時期のこのお寺といえば、多くの人で賑わい
混むことは必至ですが
大好きな紫陽花を観たい一心で
眠い目を擦りつつ、朝の6時過ぎには電車に乗り
まだ混み出す前の開門時間を目指したかいあって
思う存分、朝の優しい光に包まれた紫陽花の美しい青を楽しむことができました。
紫陽花群

紫陽花

こちらは鎌倉 念願の初訪 Romi-Unie-Confitureさんの
鮮やかなマンゴーに黒胡椒の入った、大人味のコンフィチュール。
小瓶に詰まったロミさんこだわりのコンフィチュールは
どれも美味しそうでかわいらしくて
試してみたくなるものばかり。
乙女心がくすぐられます。
さぁ、何につけて食べようかな。
ロミ

英気を養いつつ
得た思いを制作に還元しなくては。
そろそろ次に向かって始動開始です・・・
サクラサク
毎年3月の上旬を過ぎるとニュースで天気予報と共に伝えられる桜前線。
桜の開花を心待ちにする日本独特の文化に
ほのぼのしていていいものだなぁと、クスクス笑う私もしかり
今年も北上する前線を楽しみにしていました。
桜=春
言うまでもなく、これは日本人にとって共通認識の公式。
子どもからお年寄り, 貧しい人も裕福な人も
季節を感じることもない角張った建物の中で日々忙しく働き回る人も
幸せの中にいる人や、たとえつらい試練の中にいる人でも
桜咲く樹の下では皆同じ。
春を迎える喜びに笑顔する権利がある、そんな気がして
桜の持つその絶対的な力に敬服する思いです。

私の今年の初桜は東京の夜空の下。
ふいに角を曲がると、いつもの道がまるで違う景色になっていて
思わず目を奪われました。
満開間近の桜の花びらは、かすかにピンクを帯びた汚れのない柔らかな白。
あぁ、なんて美しいのだろう・・・。
もう、足下なんて見ていられるはずもないのです。

夜の闇に浮かび上がる桜は
明るい空の下で見る姿とはまた全然違う雰囲気があって惹かれます。
お日さまの光も無く、鳥や虫たちも眠りにつき
誰の賞賛を受けるためでもなく
なぜあなた方はそんなに狂おしいほど美しく咲くのでしょう。
そう、問いたい。
まるで静止画のように、静かに。
夜桜

夜桜2

帰宅してからも、どうにも桜のことが頭を離れなくなってしまい
散ってしまってからでは
この思いの治まりどころがなくなってしまうと思い
次の日の早朝、再び桜に会いに行きました。
澄んだ朝の空気と青い空の下で見る桜は晴々としていて
前の晩の夜桜に投げかけた質問の答えは返って来ないままでしたが
満開の桜を見上げながら樹々の間を歩いていると
もやついていた思いが、すーっと退いていきました。
そっか
咲いた桜の、明るい時間の姿も夜の姿も
儚く散ってしまう姿や花を着けていない季節の姿
大地に根をおろす太い幹だって
その全てが桜であり、桜の生きている姿なのだ。
それが分かればもういいや、と。

この場所、毎年お花見で大賑わいする人気スポットですが
朝なので、さすがに人気(ひとけ)もまばらでした。
犬を連れてお散歩をしている途中にシャッターを切る人や写生する人
広いビニールシートの上に、寝袋にくるまって夜通し花見の場所取りをした人など
それぞれ思い思いのお花見があって、微笑ましい。
私も自分なりのいいお花見ができたかな。
でももう少し、見ていたい・・・。
桜

桜2

桜3

鳥も喜ぶ。
鳥も喜ぶ
冬の祭り
気付けば今年ももうあと半月も無いなんて、早いなぁ。
冷え込む日が多くなって、関東もいよいよ本格的な冬の到来。
寝る前に飲むシナモン入りのミルクティーが最近のお気に入りで、冬の気分を一層高めてくれます。

先日、お酉さまに行ってきました。
お酉さまとは、「開運招福や商売繁盛を願う江戸時代から続く年中行事の一つで、正月を迎える最初の祭り」なのだそう。
冬の夜の澄んだ空気を吸い込みながら、小さな神社の細い参道へ。
参拝者は言葉数少なく歩き、けれどその静けさが特別な雰囲気を作り出します。
夜店の明かりはあたたかく、そこでのやり取りは不思議な連帯感さえ感じられるほど。
ここでは、寒さは最高の演出。
ハーッと息を吹きかけて手をこすりながら列に並んで順番を待って、参拝。
年を越すにはまだだけれど、少し早めに心の中で今年への感謝と新たな気持ちを述べました。
夏のにぎやかなお祭りとは違う、冬のほっこりとしたお祭りなのでした。

余談ですが、夜店は定番のものの他に刀削麺の屋台もありました。
めずらしい。
注文をすると、お兄さんが小麦粉の練った固まりを包丁でひゅんひゅんと削って鍋の中へ。
神社に来たのに刀削麺とはなんだかおかしいようですが味は美味しく、心も身体もあたたまって帰ることができました。

酉の市